<ロータリー万葉50首>


“紫腸花”

 紫陽花が今盛りです。わが家の庭には、四枚の花びらのガクアジサイが白い中に薄紅を染めています。お茶花はガクアジサイがよろしいようで。紫陽花は中国伝来の花かと思われてきましたが、どうして、まさに日本原産です。万葉集には2首詠まれています。その一首を。

   紫陽花の八重咲く如くやつ代にを
          いませわが背子見つつ偲はむ

 

 左大臣橘 諸兄が丹比国人に贈った歌です。「紫陽花が八重に咲くように八千年も万代も長くお元気であれ君よ紫陽花を見ては君を懐しく思おう」といった意昧です。
 「アジサイ」という名前は「アヅ(集まる)」と「サアイ(真の藍色)」の熟語。古来、衣の染めがらに描かれ、能衣裳や友禅染など多くに用いられました。重箱や各種道具の模様 にもなりました。江戸末期、例のシーボルトが、愛人おたきさんの名前を、この花につけてオタクサ(OTaKuSa)と学名にしてロンドンに送りました。ヨーロッパのアルカリ性の強い土壌によって赤い花弁になって、日本に逆輪入されて現在に至っているのです。
 江戸時代には、6月1日に、この花のみずみずしい一枝を家の軒先に吊す「紫陽花吊り」の行事が広く行われていたといいます。現今は、こういう風流な行事や習慣が全く喪失してしまいました。豊かな情操をもった人間ができるはずありません。紫場花が雨に濡れた風情がまた格別です。梅雨期の代表的花といっていいでしょう。

 万葉集には、もう1首紫陽花の花を歌った作があります。

   言問はぬ木すら紫陽花諸弟らが
          練の村戸にあざむかえけり

 

 大伴家持の歌です。「言棄もいわない木にさえ紫陽花のように七重八重も咲くものがある。諸弟という大ぼら吹きの悪い心を持つ奴にだまされてしまったなあ」という意昧でしょう。諸弟というのは、家持とその妻大嬢(おおいらつめ)との間を往復する使い走りの男の名です。二人の間に何か誤解をおこさせるような伝え方をしたのでしょう。
 紫陽花は、色が変ります。「七変化」などというのもそこから出てきた異名でしょう。この家持の歌の場合などは、そういう色の変りやすい節操のなさに紫陽花がとらえられたのかも知れません。


▲ ロータリー万葉50首に戻る