<ロータリー万葉50首>


鮎子さ走る

 先日、万葉の旅で唐津・呼子方面を訪ねました。晩餐にはもう今年の初鮎が供されていました。特に「虹の松原」の入口に注いでいる松浦川(玉島川)の鮎は古来有名です。集落の地名にも「鮎返」などと残っています。
 そこで今回ロータリー万葉集は松浦川の鮎の歌を紹介します。

     春去れば吾家の里の川門には
          鮎子さ走る君待ちがてに

 これは九州の長官大伴旅人が松浦川に遊歴した時に、鮎を釣っている美しい娘子たちに出会ったときに交わされた門答歌なのです。しかも、この歌は娘子が答えた歌なのです。「春となってきて、わたしの家の里の川の瀬戸の渡しでは鮎がさを走っています。あなたのくるのを待ちあぐねて」という意味でしょう。
 春が訪れて松浦川の水かさも豊かになり、しきりに恋しい君は姿を見せません。さあれ、水中には貼がきらめき走る------ときめく私の心さながらに、「さ走る」がいいですね。「さ」という接頭語のもつ、清明さ、さわやかさがみごとに表現されています。鮎を素材にして、女心を象徴するかのようなたくみな心理描写といえましょう。まさに秀作です。
 この松浦川は「肥前風土記」には、神功皇后が新羅平定の途中、この地で戦勝の成否を占って、皇后が自分の裳裾のヒモで鮎を釣りあげたと伝えられます。アユが魚篇に占を書くのも、そこから出たともいわれています。
 それ以後、この地の娘子は、4月上旬に鮎を釣るのが習わしになったと伝えられています。初鮎はすべて娘子たちが釣り、男性はその後でということだそうです。思わぬところに女性優先がでてきて面白いと思いました。
 神功皇后のお祭りしてある玉島神社のすぐ前の川岸には、その時、皇后が立たれたという石(垂綸の石)かどっしりと据えられています。私も実際、その石の上に上ってみました。眼前の玉島川に鮎がキラリと「さ走った」ように感じました。
 この「鮎釣る娘子」については、歌があまり立派なのでいろいろ論議かありますが、やはり大伴旅人が現地に趣いたとき、そこの素朴な村娘たちの美しさに引かれて、交わしあった歌であると素直にとった方がいいのではないかと思います。


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