<ロータリー万葉50首>


カハヅ(蛙)の歌

 先日の例会で、工藤会員から蛙の歌は万葉集にはどうなのかというお尋ねがありましたので、今回は万葉集の蛙の歌を紹介します。
 当時は、カエルといわないでカハヅとよびました。そして現在の河鹿(カジカ)のことをさしたようです。カハヅは川の清流に棲息し、初夏から秋にかけて、雄が澄んだ美しい声で鳴くので古代から人に愛されました。ヒキガエルの方は谷蟆(タニグク)とよびました。万葉集ではカハヅは20首詠まれています。

 かはづ鳴く神南備河にかげ見えて
          今か咲くらむ山吹の花

 天平時代に厚見王が詠んだものです。「河鹿の鳴く明日香の里の神南備河に影を映して今ごろ咲いていることであろうか、山吹の花は」という意昧の歌でしょう。
 このように山吹の花(植物)と取り合わせることによっで季節の風情を一層豊かなものにしたのです。万葉集におけるカハヅの声はウグイスやホトトギスなどの鳥の声と共に、万葉集の美を構成する一要素となったのです。しかも、それが後世の歌の世界に及ぽした影響も見逃してはなりません。この厚見王の歌の影饗力は極めて著しく、万葉集中でも数少ない例歌の一首です。
 このカハヅと山吹との組合せが平安朝以後の歌人たちにもたいへん愛好され、数多くの例歌が見られるようになるのです。
 平安時代から鎌倉時代までの勅選歌集から例をひきましても多用されています。

 かはづなく井手の山吹ちりにけり
          花のさかりにあはまし物を

                        (古今集)

 山吹の花さきにけりかはづなく
          井手の里人いまやとはまし

                        (千載集)

 山吹の花のさかりはかはづ鳴く
          井手にや春も立ちとまるらぬ

                        (風雅集)

 江戸時代の芭蕉のあまりにも有名な句「古池やかはづ飛ぴこむ水の音」が作句の過程で、上五が定まりませんでした。その時、一番弟子の其角が「山吹や」にしたらどうかと提案しました。結果的には芭蕉はこれを採用しませんでしたが、この時代でさえも山吹とかはづという万葉以来の伝統が色濃く影を落としていたことがわかります。そのカハヅ(河鹿)も最近では声を聞かれなくなりました。深耶馬か筌の口の鳴子川くらいのものでしょうか。淋しいことです。


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