<ロータリー万葉50首>


サクラの歌

 サクラ前線が進んでいます。今年は開化が早いだろうなどといわれています。サクラは縄文時代からあったことは出土品によって明らかにされています。万葉集には37首歌われて、萩の花に比べると数は少ないのですが、サクラは稲作民族の日本人にとっては最も大切な植物でした。サクラの開化は農作業開始を知らせる重要な農事暦だったのです。また、サクラの咲き具合で、今年のイネの豊作かどうかを占ったのです。万葉集のサクラの歌に次のようなのがあります。
  藤原広嗣、桜花を娘子に贈る歌

 この花の一よの内に百種(ももくさ)の
          言そ隠(こも)れるおほろかにすな

  

 作者は藤原鎌足の孫。「このサクラの花の一技の中に百も二百もさまざまな言葉がこもっているよ、おろそかに思ってくれるなよ」という意昧。サクラの花には多くの言葉がかくされている。一年の吉凶を占う深い意味がこもっていたのです。「サ」というのは稲の神のことです。サ苗、サ下り、サ乙女、サ上り、サ気(酒)、サ月(五月)、サミダレ(サ水垂れ・五月雨)みんな稲の神のことです。稲の神の苗だからサ苗、サ上り、というのは大分の各地で田植が終って稲の神(サ)が天に上ってゆくとき、ナオライをして稲の神の気(サ)が水垂れるので五月雨(サミダレ)で、水田には水は極めて重要な要素なのです。
 サクラは、そのサ〈稲の神〉のクラ(倉)倉院なのです。その倉庫に鎮座していた稲の神が花と咲いて大地に下り(サ下り)と田植えの知らせになるのです。その時も、酒を飲みながらごちそうを食べて、豊かな稔りのためにあらかじめ神とともに祝ったのです。それが今の花見の宴になっているのです。単なる風流な遊びではなく、集落全体が共同で行う農耕の神事だったのです。
 花見でぱか騒ぎしたり、酔狂であばれたりするのはもってのほかです。
 天孫ニニギの命は、別名天津日高日子穂の命といわれ、稲穂がにぎにぎしい意昧。高天原から地上豊葦原水穂の中津国に降りてきて、コノハナサクヤヒメ(木花開耶姫)と結婚します。木ノ花とはサクラのことです。美しいサクラを見ながら、豊饒を祈ろうではありませんか。


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