<ロータリー万葉50首>


早蕨の歌

 山々の気配も春めいて参りました。高崎山の木々も芽ぶきの色に変わって、靄が春霞のよ うに煙っています。咋日は、京都より「わらび餅」をいただきました。春来たるの第一便です。
 そこで、今回No.31は、わらびの歌を御紹介しましょう。万葉集でも有名な歌です。

 石激る垂水の上のさわらびの
          萌え出る春に成りにけるかも

  

 作者は、志貴皇子。万葉集には6首。天智天皇の第七皇子です。49代光仁天皇の父、霊 亀二年(716)に没。後に田原天皇という特別の称号もおくられています。
 「石激る」というのは、石の上をほとばしる激流。「垂水」は、垂れる水、すなわち滝のことです。「岩の上をほとばしり流れる滝のほとりの蕨が芽を出す春になったことだなあ」という意味の歌になります。蕨の歌は、万葉集中この歌一首のみです。正倉院文書にも「蕨五千八百十四把」献上などとあって、当時の人が食用にしていたことがわかります。
 題には、志貴皇子「懽ぴの歌』と記されています。何によろこんだのか不明ですが、よ く位階昇進のよろこぴではなかったという解釈をしていますが、私はそういうことにより春という季節か訪れた、そのもののよろこぴ、と取るべきだと思います。西暦800年代に近いころです。日本の歴史始まって以来の寒冷期がやってくる時代です。暖房ももちろん貧弱な時代ひとびとは春の訪れを、どれだけ待ったことか、暦の上だけでも立春がくると「立春大吉」などと大喜びしたのです。滞りがちだった滝の水も一斉に激しさを増して流れ落ちる、そのほとりに春来のシンボルのような蕨が地面から芽を出してきている。その光景を見たら、もう正に「立春大吉」です。これ以上の懽喜はないのです。そんな心情を歌った作です。
 当時は、歌は文字で作らなくて、音声を出して作ります。音声で作ると、喜ひの歌は喜びのリズムが自然に出てきています。喜びの音は開口音ア行音と、弾む音ラ行音が多く使われています。この歌ではア行音→9、ラ行音→7も使われています。明るい弾む音律を待ってくるのも当然です。「芽ばえ出る春になりにけるかも」の「なりにけるかも」も懽びのリズムがぐっともりあがってゆくような調子になっている実にすばらしい言葉使いです。

 高槻の梢にあいて頬白のく
          さへず春となりにけるかも

                        島木 赤彦
現代人の作です。


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