<ロータリー万葉50首>


梅花の夢

 梅の花が咲きはじめました。豊後梅は大分県花にもなっています。梅は奈良時代の始め中国四川省あたりから渡米したものです。梅の字はメイと発音しました。青梅の燻製を烏梅(ウメイ)と発音したことからウメという言葉になったといわれています。万葉集では烏梅(ウメ)と書いてあれます。梅が万葉集に詠まれているのは124首。萩の花(140首)についで多いのです。
 渡来花ですから九州にまず上陸、太宰府の庁舎には梅林があったようです。天平二年の初春、当時太宰府の長官であった大伴旅人は、全九州各国の上位者、その他総勢30数名を招いて梅花の宴を開いています。万葉集巻5「梅花の歌三十二首」がその時の作品です。旅人は、六十四歳で太宰府に赴任してきました。2カ月くらいで奥さんが亡くなります。奥さんがとても梅の花を愛賞した人でした。「吾妹子が植えし梅の木見るごとに情むせつつ涙し流る」という旅人の歌はその時の作です。今日は、その旅人のもう一首の梅花の歌を紹介します。

    梅の花夢に語らくみやびたるく
          花と吾思ふ酒に浮かべこそ

  

     「梅の花が、旅人のみる夢の仲に出てきて語っていうのには、私はみやびやかな風流な花だと私自身で思っているのです。ですから、どうぞ旅人さんお酒の盃に浮かべてお飲みになってください」といった意味の歌です。
 私は、この歌を詠むと中国の道教の書物「荘子」の中に出てくる「荘周故蝶の夢」を思い出します。「荘子」の著書荘周がある夜夢を見ました。そこに胡蝶が出てきます。荘周が胡蝶を追っていると、いつのまにか今度は胡蝶が荘周を追っているのです。かと思うと荘周が胡蝶なのか、胡蝶が荘周なのか混頓として分からなくなるのです。荘周と胡蝶は、たしかに区別がある。しかし、その区別がつかなくなる。これを「荘子」では、「万物斉同」といって、現実も夢も等しい、自者も他者も消滅するという、荘子思想の頂点とされているのです。先の旅人の歌も、梅の花が語ってくれるのは夢なのか現実なのか、旅人が梅の花なのか梅の花が旅人なのか区別がつかなくなってくるではありませんか。ひょっとしたら梅の花が亡き妻の姿さえオーバーラップしてきそうです。梅の花を酒に浮かべて悠々な時空に逍遥しようではありませんか。


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