夫婦相和し
夫婦の離婚が統計的増加の傾向を示している今日このごろです。万葉時代の夫婦はどうだったのでしょう。まあ歌を見てください。
つぎねふ 山城道を 他夫の 馬より行くに
己夫し 歩より行けば 見るごとに
哭のみし泣かゆ そこ思ふに 心し痛し
たらちねの 母が形見と わが持てる
真澄鏡に 蜻蛉領巾 負ひ並め持ちて
馬買へわが背
反歌
馬買はば妹歩行ならむよしえやし
石は覆むとも 吾は二人行かむ
作者は読人不詳ですから、ごく普通の庶民でしょう。前歌は長歌で妻が詠んだもので、反歌は夫が返している歌です。
奈良から京都に行く道を他の夫は馬に乗って行っているのに、我が夫は歩いて行っている。その後姿を見るたびに声をあげて泣きたくなる。そのことを思うと胸が痛んでくる。あなたと結婚する時に破から母からもらった記念の品のよい鏡と絹の布をそろえてあげますので、どうか馬を買ってくださいよ、わが夫よ。という意昧です。
なんという妻の夫を思う心情でしょう。私もずっと車を持っていませんでした。毎朝家 を出る時、近所の夫たちはみんな車でいっているのに、わが夫だけは歩いていっている。私の後姿を見た亡き妻はどんな気持ちだったのでしょうか。
万葉時代の普通の妻はこういう温い人間的な胸のいたみを持っていたのです。現代はどうでしょうか。
しかも、それに返した夫の歌がまたいいじやないですか。妻から馬を買ってと形見の品までそろえて目の前に置かれながらも、夫は馬を買ってないのです。馬を買ったならば、妻のお前は歩いてゆかねばならんじゃないか、よしえやし-そんなことがあっていいことか、石は覆んで足は痛いがわしはどこまでもお前と二人で歩いていこうという意昧の歌です。
なんという夫の妻へのいたわりの心情でしょう。戦国時代に妻の髪毛まで切らしてい馬を買って武勲をたてた武将とは違いますね。歩いている夫の姿を見て胸が痛んで泣けてくる妻、馬を買わないでお前と二人でどこまでも歩いて行こうという夫。涙が出るような夫婦のありようではありませんか。
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