<ロータリー万葉50首>


黄葉の明日香路

 先週末3日間、奈良の明日香路万葉の旅に30名と出かけました。ようやく秋深まった古代の里は黄葉が色を濃くしていました。そこで、今日は黄葉の万葉歌を鑑賞してみましょう。作者未詳です。(45l6首で作者未詳一一普通の庶民の歌が半分以上というのも万葉集の奈良的特徴です)

 明日香川 黄葉流る葛城の
     山の木の葉は今し散るらむ

 万葉集で黄葉の歌はl04首、1例をのぞいてすべて黄葉と書き、モミチと濁らずに発音しています。葉の中の黄紅色をもみ出すという意からモミツ、モミタフという動詞が語源ではなかったかと思います。
 歌は、明日香川に黄葉が流れている。きっと葛城山(奈良と大阪の境界の山)の木の葉は今こそ散っているに違いないという意昧でしょう。
 明日香川のほとりに実際立って、この歌をみんなで朗唱しました。仰ぎ見ると葛城山・金剛山・二上山など県境の山脈が秋空に鮮明に陵線をきわだたせています。まさに、あの山腹あたりは木々の黄葉した葉っぱが、時を絶ゆることなく散っているに違いない一一一そんなイメージを浮かべていますと、あたりがシーンとしてくるのです。みんなの顔か実にさわやかです。歌の心が体の五感全体を通して分ってきたからでしょう。
 万葉集の歌は、文字で作られたのでなく、すべて音声で作られました。音声で作ると心と言葉のリズムがみごとに交響しあって作歌されるのです。万葉集の歌が日本語の醇粋さをもっているのもそのためです。万葉の旅はその意昧からも、すばらしい言語の美意識体験ができるのです。
 ちょうど観光地石舞台(蘇我入鹿の墓か)には、中・高校生がぞろぞろと集まっていました。しかし、すぐそばにある万葉歌碑にはひとりとしてふりむこうとしません。引率教師は次の昼食場所がどこかを拡声器でがなりたてているだけです。
 こんなすばらしい日本文化の象徴がここにあるのです。なぜ、こんなまたとない教材を教師はかえりみようとしないのでしょう。不幸なのは生徒たちです。私たちは、そういう憤りをこめて生徒たちに聞こえよがしと再び高らかに朗唱しました。


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