虫の音と日本語コオロギが鳴きはじめました。万葉集にも露や萩などとともに秋の虫としてはヒグラシと好個の景物とされました。今日の万葉50首は、そのコオロギの歌です。
暮月夜心もしのに自露の
置くこの庭に蟋蟀鳴くも
作者は湯原王、天智天皇の第七皇子志貴皇子の子。万葉後期を代表する歌人の一人。
「月の出ている夕方にせつないほどに白露の置くこの庭にコオロギが鳴いているよ」という意で夕月夜に自露を配して、庭にすだくその声によって秋の訪れの清爽さをみごとにまとめています。平安時代の「古今集」になると、いつしかコオロギはキリギリスといわれ秋の夜のさみしい思いを触発させる歌にかわってきます。
ところで、この虫の鴫き声を種類で聞き分けて鑑賞っする慣習は日本人独特のものといわれています。
角田忠信博士(東京医科歯科大教授)は、日本人と西欧人の脳の臨床学的比較研究をしました。その結果、日本人は虫の鳴声や鳥の鳴声を左脳(言語脳)で受取るか、西洋人は右脳(機械音)で受取ることを発見しました。これは故湯II博士も絶賛された研究でした。だから、日本人は虫や烏の鳴声を言語化してしまうことかできるのです。虫の鳴声をリーリーがコオロギ、リンーリンーが鈴虫というように。烏の鳴声でもすべて言語化します。
「フクロウが五郎助奉公」「ノリつけ干せ」
ホトトギスになると地方によって違います。
「テッペンカケタカ」、竹田地方では「トッタンドコイッタカ」、中津では「シャッキン トレタカ」というように。
これは、日本語か母音中心の言語だからということになります。母音は欧米人では機械音の右脳の働きです。欧米人は左脳(言語脳)はすべて子音なのです。英語や独語などは子音中心の言葉なのです。ですから、虫や鳥の鳴声を機械音としか受取らないのです。アメリカの留学生は秋の虫の鳴声はギーギーという機械音にしか受取りませんでした。
5母音中心の日本語はきわめて独特な言語でして、日本文化と大きく関係しています。今後の日本語の母韻学的研究が期待されています。
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