<ロータリー万葉50首>


秋風の声

 秋風です。今日は万葉集の秋風の歌を紹介します。作者は万葉初期の女流歌人額田王です。
 井上靖の小説では「額田女王」と書いています。彼女は38代天智天皇の夫人です。当時は通婚ですから天皇も夫人の寝所に通うのです。

 君待つと吾が恋ひ居れば我屋戸の
     簾動かし秋の風吹く

 天皇が崩御後の歌です。あなたを待って私が恋慕っていると我が家の簾が動いた。あなたがおいでになったと思ったら、それは秋の風が吹いて簾を動かしたのです。額田王の切ない心が秋風と呼応して哀愁をただよわせます。
 この歌をもとにして江戸時代から今でも歌われている「スットントン節」です。知っていますか。

  スットントン、スットントンと音がする
  主さん来たかと出てみれば
  空吹く風にだまされて
  月さんにみられて恥しや(靖歌)

 おわりが額田王とちょっと違いますね。
 季節風地帯にあった日本人は風の音を実に沢山聞き分けています。東風・南風・西風・北風は木枯、野分からアユの風というふうに。日本語に「耳を澄ます」という言葉があります。心をよほど澄まさないと自然の声は聞こえてこないことを言ったのです。今、詩人宮沢賢治が生誕百年祭でブームを起こしています。彼の詩や童話は全部風の音を聞いて出来たと御本入がいろんな所で書いています。
「このお話しは、野原の夕陽の中ですきとおった秋の風から聞いたのです」「風がだんだん人の言葉に間こえてくるのです」などと。お茶席の掛軸の言葉に「独坐静聴松風之音」というのかあります。この風の音は松の木に吹く風の音ではありません。お茶席で炉の上にあるお釜のお湯の沸る音を松風の音と日本人は表現するのです。あのお湯が鉄釜にシュンシュン沸る音をじっと独りで坐って聞いていると実に心が安定してきますね。すべてのストレスが消え去ってゆくようです。戦国の武将たちが戦場で命のやりとりをした後、炉の前で独坐静聴松風の音に耳を澄ましたのもそのためだったのでしょう。時には自然の声に耳を澄ましてみる余裕がほしいものです。


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