撫子の花と死わが家の庭には、亡き妻が植えた撫子の花が咲きはじめました。秋の七草の一つですが夏の終りごろから淡紅色の可憐な花を見せてくれます。河原撫子というのが日本古来の品種、大和撫子といいます。石竹と書いてあるのは唐撫子で渡来花になります。万葉編集者大伴家持は、この撫子の花を愛好しました。撫子の歌を11首も作っています。その家持が最初の妻を亡くした時の歌です。
今よりは秋風寒く吹きなむを
いかにか独り長き夜を寝む
秋去らば見つつ偲べと妹が植えし
屋前の石竹咲きにけるかも
2首目などは、今の私の全くの実感です。万葉時代の死に対する考え方は、屍(死体)から日がたつにつれて霊魂が空に上昇していくと考えました。あらきの宮といって死体をそのまま祭祀します。四十九日までは祈ると霊魂が体に戻ってくると信じました。初七日あたりは鴨居(神居)を霊魂はうろつく。次は山の突端あたり神崎(岬)をうろつく。四十九日になると霊魂は雲の上に、これを雲隠れといって、もう魂は体にかえってこなくなります。ほんとうの死です。あとは「なきから」です。四十九日が忌明けになるのもそういう意昧でした。
最近、著名な人の死であまり人に知られず密葬という報道がありましたが、私は葬儀は宇宙へ帰還していく故人の鎮魂(レクイエム)の意味で大いに多くの人たちの送別を受けるぺきだと思います。死という人生最大の意義を若い人や子供たちに体得してもらういい機会です。特に死体を棺におさめる時の湯灌など最高の儀式です。肉親の死体をふいている手から死の尊厳さがじかに伝わってきます。生命の尊さを体験する絶好の機会だと思います。亡き妻に妻が愛用したお茶会の着物を着せてあげた特は家族みんなが位きました。葬儀はすばらしい文化の一つです。よりいい葬儀文化を考えるべきだと思います。
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