<ロータリー万葉50首>


百薬の長

 私事で恐縮ですが、妻の初盆会には温かいお心を寄せていただきありがとうございました。
 妻をあの世に送って3か月が過ぎました。多忙にまぎらわされて落ちこむことはありませんでしたが、夜ふけて独り遺影の前に坐っていると在りし日の思いがぐっとこみあげてきて耐えかたい心境になる時があります。
 そういう時は、大伴旅人の次の歌を思い出しては一杯のアルコールをいただきます。

 験無きものを思はずは一杯の
     濁れる酒を飲むべくあるらし

 夜光る玉と言ふとも酒飲みて
     情を遺るにあにまさめやも

 作者旅人は、万葉編集者大伴家持の父です。64歳の時、九州太宰府の長官で赴任してきます。ニカ月もたたないうちに同伴した最愛の妻を亡くします。都から遠い筑紫の地で妻に先だたれた旅人の心境が、私も同じ身になってよく分ります。「吾ぎ妹子が植えし梅の木見るごとに情むせつつ涙し流る(3・453)」と歌っているように旅人も亡妻のことを思うとたまらない気持ちになったのでしょう。そういう時は、先の歌のように「甲斐もないことを思っているよりは一杯の濁り酒を飲んだほうかよっぽどいいものですよ」と歌ったのです。当時、正三位以上の高官は澄酒(清酒)を飲み、普通の人はみんな濁り酒(どぶろく)です。庶民は粕場酒です。旅人は正三位ですから、当然、澄酒組ですが、濁り酒を愛したようです。そうして「酒を讃める歌l3首」を詠んだのです。夜光る玉といえば宝石の最高品です。それよりも酒を飲んで情を遺る…心の憂さを捨てたほうがはるかによいという歌か二首目です。この歌か原歌で、あの若山牧水の名歌「白玉の歯にしみとおる秋の夜の酒は静かに飲むべかりけり」が生まれてくるのです。ストレス解消のための酒は、やはり百薬の長といってよいのではないかと思います。


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