<ロータリー万葉50首>


山上憶良

 新世代をとりまく最近の大人たちは、環境も空恐しい思いがします。パチンコに夢中になった母親が、車に幼児を置きっ放しにして死に至らしめたというニュース。パチンコ代に事欠いて売春をする母親などなど。
 万葉集の山上憶良の次のような歌をそういう親たちにつきつけてやりたいです。

 穴餐めば 子ども思ほゆ 栗食めば
     まして偲はゆ 何処より 来たりしものそ
        眼交ひに もとな懸りて 安眠しなさぬ

(うりはめば こどもおもほゆ くりくめば ましておもはゆ いづくより きたりしものそ まなかまじわひに もとなかかりて やすいしなさぬ)

反歌

 銀も金も玉も何せむに
     勝れる宝子に及かめやも

(しろかねもくがねもたまもなにもせむに まされるほうしにしかめやも)

 「瓜を食べると子どものことが思われる、栗を食べると一層偲ばれてくる、子どもというものは一体どこから来たのか。子ども面影が眼前にむやみにちらついて安眠もさせないことですよ」という意昧。瓜一個が三文、栗は最高のおやつで四合が約八文、子どもの面影か目に浮かんできて安眠でき一一一教師でないも自分の受持に問題の子がいたら、その子の姿が浮かんでくること。これをメジテーションといって、カウンセリングの大事な方法になっているのです。
 「銀も金も宝玉も子どもという宝に及ぶものがありましょうか」当時、金銀宝石といったら異常な魅力を持っていました。それよりも、瓜や栗を食べている子どもの方がはるかに宝だというのです。パチンコに夢中になって子を忘れるなど、もってのほかです。まさに銀も金もパチンコ玉もなにせむにです。ジアイ会長のいう、未来を築く子どもこそまさになににも代えがたい地球の宝ではないでしょうか。憶良は百済(韓国)からの帰化人でありました。万葉集には八十首載っています。


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